【心臓外科】に関する知恵袋

【質問】
「心霊現象」、「ヘミシンク」、神奈川の事務職から考察していくと、「その他諸々の不思議なこと」と、「医学的見地」というのは必ず比例するものなのでしょうか?(「医学的見地」というものを否定したいわけではありません。踏み込んだ見解をしたいということです)このカテにても、神奈川の事務職に関する説明をすると、特に否定的見解の証拠として「医学的見地」を述べられる方がおられることと思います。その事自体は「検証材料」として大変素晴らしいことかと思います。ただ、それらの根拠をオカルトにても「絶対視」出来るかどうか?ということについては自分は疑問があったりしますね・・・・・・・・ちょっと端的な見解をしてしまうようですが、自分の友人に「脳外科手術」や「心臓外科手術」といった高度な医療に携わっていた元医療関係の友人がいたりします。彼いわく、CTスキャンやMRIやレントゲン、脳波測定、心電図測定などで治療に必要な大切なことが判別出来るようなのですが、実際に手術して開いてみたところ検査結果にての治療方針とは違った状態になっていることがあるようで、まれに治療方針の方向を変換せざるを得ない場合があるとのことでした・・・・・・・↑もちろん自分が携わって調べたわけではなく、人から聞いたことですので質問としては弱いところがあるのは否めませんが、ただ何事もそうなのでしょうが、心臓外科の知恵袋の概要に触れると、全ての論証が100%ということはないのではないかと思うところです。オカルト的なことにつきましても同様なことは言えないのでしょうか?医療につきましてはともかくとして、オカルト的なことにつきましては「医学的見地」だけで判別してしまうのはいかがなものなのでしょうか?もちろん否定、肯定、批判など色々な見解があることと思います。本当の答えは出ないにせよ、踏み込んだ考察をしていかないといつまでたっても本質に近づいていかないのでは?と思う次第です。ご回答いただけましたら幸いです。心臓外科の知恵袋をいうと、よろしくお願い致します。
【解答】
nanchuunさんに同意します。神奈川の事務職の説明をすると、この世界のこともわからないことばかりです。科学も、その時点でわかっている事柄についてのいかにももっともらしい説明・仮説です。新しい観察・観測結果がもたらされると、それまでの「説明」ではやってゆけなくなり、新しい「説明」が考え出されます。ですから現在『オカルト』と分類されているものの中に真実がある可能性を一体誰が否定できるというのだろう、と私は考えます。現在の科学で説明が付かない・わからないのであれば、素直に「わからない」ということを認め、判断保留にすればいいと思います。それが世界現象を解き明かそうとする者にとっての誠実な態度だと考えるからです。それを「現在の科学で説明が付かないから、それはありえない」と考えるのは本末転倒・順序が逆だし、私には噴飯物に思えます。私は「医学」というのはもののひとつの見方に過ぎないと思っています。『神が治して、医者が(料金を)とる』と言われているように、人の体についても未知のことがたくさんあります。心臓外科の知恵袋に関する説明をすると、医学も、科学同様、まだまだ発展途上でしょう。しかもその中に、神奈川の事務職について考えてみると、個々の医療関係者の力量の違いもある。「医学的見地」(「科学的見地」も含め)からだけで未知の事象を判別してしまうのは、「医学」というひとつの権威付けされているものにしがみつき、自分の見解を大きく立派に見せたい人たちのすることだと思っています。実際はしがみついているもの自体確立したものではないのに。いつか確立する日が来る、とも思っていませんが。「あってほしくないものの存在を否定する」、こういう人が多いように感じます。私自身小さいころから何度も不思議な体験(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1336140918)をしてきましたので、オカルト的世界観もある程度受け入れています。そういう背景は別としても、オカルトは実に興味深いし楽しいので好きです。好きな人は好き、嫌いな人は嫌い、やりたい人はやる、そうでない人はやらない、それでいいじゃないかと思いますので、最近の「ヘミシンク」関係の質問・回答はかなり異様だと思っています。心臓外科の知恵袋を解説すると、以上のことです。
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